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活動概要

神戸市漕艇連盟規約

[神戸ボート界の夜明け]

 神戸の海に初めて競漕用ボートが浮かんだのは、明治3年(1870)である。
神戸に居留するスコットランド人A,C,シムらによって設立されたKR&AC(神戸リガッタ・アンド・アスレチック・クラブ)主催のレースが、居留地の浜「東の船溜り」で行われたのが最初とされる。

[戦後当時の話題と出来事]

戦後の混乱期にありながら神戸市内のボートクラブが復活して注目を集めていた頃、須磨海岸に新しく誕生した2つのボートクラブがある。
その発端は、「舵」というボート、ヨット関係の月刊誌に掲載された小さな図面をもとに、市立神戸工業高校造船科の生徒が生産実習として製作したナックルフォア艇だった。

[現況と今後の活動の抱負]

市体育協会に加入して約40数年を経過したが、残念ながら常に活動に困難な状況を強いられている。これは神戸市の海岸には公的な艇庫や競技コースがないこと、また須磨海岸レジャーボートやヨット、夏は遊泳者に水面を専有されることがその理由である。
現在はやむを得ず芦屋浜の県立海洋体育館や加古川の漕艇場を使用しているが、市内に適当な練習場がないことは、ボート競技やその普及に大きな支障となっている。
ボート愛好者として、神戸市内に公的なボート施設の設置を働きかけると同時に、この優美な海岸で市民がもっとボート競技に親しめるよう、連盟としての果たすべき役割は大きいと自覚している。

以上、詳細の市漕連概要は、ここをクリックしてください。
【市漕連の将来ビジョンを語る会】

過去、一定の役割を果たしてきた市漕連であるが、常に活動に困難な状況を強いられている環境(ボート競技の活動環境の特殊性)のため、『ヒト・モノ・カネ』の面で発展的に活動が出来ていないことが、市漕連の現状と受け止めている。
この現状を打破するためには、何を置いても『自由な発想で将来を語れる場の提供』とそれによって生まれる『人材の発掘』と考え、E−mailによるオンライン会議・アルコールが入ってのオフライン会議を行っています。


市漕連将来ビジョン
ロードマップ
「将来ビジョンを語る会」
市漕連組織の位置付け
オフ会議 議事録


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